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●143回 平成30年8月21日(火) 参加者15名
    「パナソニック汐留ミュージアム河井寛次郎展 新橋鉄道歴史館」

 今は昔、もう50年以上前になりますが知人のお宅を訪ねた際、大振りな焼き物が応接間に置かれていました。30センチ以上もある四角の壺で白地に赤 緑の筆で、絵とも模様ともつかないものがあっさり描かれていました。一目見て、あゝ良いなあと思いましたが、当時は河井寛次郎の名も知らず焼き物についての知識もなく、唯その絵が心に残りました。
 それ以来気をつけていると、河井の名を目にする事も増え数年前には京都の記念館にも行きましたが、だからといって河井についての知識が増えたというわけではなく、あるレストランが河井の焼き物を集めていると聞けば行ってみようかという、真に作品を理解している愛好家というのではなく、どちらかというと一目惚れが今に続いているミーハー的ファンであります。
 そういうわけで当日はいそいそと出かけました。しかしこの日は二三日続いたちょっと涼しい日は何処へやら、またまた今年の猛暑のお出ましですっかり出鼻をくじかれました。しかし、そこは思慮深き世話役さんなんとこの日は二次会まで同じビルの中、暑さ知らずの一日でありました。ありがとうございました。
 さて、やっと河井寛次郎展であります。本展は陶芸のみならず木彫、家具、書、言葉、愛用の品々各種ノートに至るまでを網羅しており、河井の創作活動のすべてを伝えんとする大変力の入った質の高い企画であります。しかし、河井の深い精神世界の前では長年に渡る‘寛次郎命’的思い込み知識の底の浅さは立ちすくむのみでありました。
二次会
 君塚さん誕生日 みんなでお祝い
カラオケ
 この日はめずらしく二次会の席で話がまとまり、14人が新橋駅前へ。ここも盛況。
                                     高田洋一郎記

142回 平成30年7月17日(火) 参加者18名
    「迎賓館赤坂離宮本館見学」

 
7月17日猛暑の昼下り、JR四ツ谷駅赤坂口に熟年から後期高齢者まで合計18名集合。タクシー1台利用、残りは徒歩7分の道程をしっかり水分補給して迎賓館西口に向かう。入館に先立ちボディチェック、ペットボトルは一口飲んで中身が飲料水であることを証明する。
 迎賓館赤坂離宮本館は明治42年東宮御所として建築されたネオ・バロック様式、明治以降初めて国宝に指定された建築物であり、目下、公式行事の場として活躍している。入館に際し厳重チェックも宜なるかなである。
3時過ぎ本館に入場。空調の有難味をしみじみと感じながら、公式行事に使用されている四つの間を見学する。
 最初は彩鸞の間。条約・協定の調印式や国賓・公賓のテレビインタビューなどの際に使用される。左右の大鏡とマントルピースの両脇には部屋の名前の由来となった霊鳥鸞の装飾がある。
次が花鳥の間、別名饗宴の間。主に国賓・公賓主催の公式晩餐会などに使用される。木目が美しい国産のシオジ材で板張りされた壁面は30枚の七宝焼きで飾られ、正面壁面は800種類の糸を使った綴織である。
次は朝日の間。国賓・公賓用のサロンとして、更に表敬訪問や首脳会談などに使用される。天井中央に朝日を背にした女神オーロラの絵が描かれ、壁には京都西陣の金華山織の美術織物が飾られている。
最後は羽衣の間。雨天の際の歓迎式典や首脳会談の会場として使用される。天井には謡曲「羽衣」の景趣を描いた大絵画が描かれて、高さ約3メートル重さ約800キロのシャンデリアが輝いている。
其々の間に展示してある公式行事の写真を眺めていると、現在進行形の現代史の一隅に自分がいるような思いがして来る。
 40分の見学を終えて退館、炎天下の現実に戻る。大きな噴水を中心に誂えた本館裏の主庭を一巡してから迎賓館玄関に場を移して集合写真を撮る。玄関から正門まで200メートル、日照りの一直線を歩き終えて、全員暑さにもめげず無事に迎賓館見学を終了する。

 二次会場は新宿西口「銀座ラオン」。生ビールの何と美味しかったこと!
迎賓館の感動といい、ビールの美味さといい、印象に残る一日でした。
「日だまり」世話人の皆様有難う御座いました。ご同行の皆様お疲れ様でした。
                                    (本間芳得記)


●141回 平成30年6月18日(月) 参加者21名
    「三菱みなとみらい館、シーバス、山下公園」

 梅雨空のもと午後2時にみなとみらい線「みなとみらい」駅に21名が集合した。
今回の行事を企画した清水さんを先頭に歩いて約5分、最初の訪問地「三菱みなとみらい技術館」に到着、約1時間各自自由に館内を見学した。「航空宇宙ゾーン」「交通・輸送ゾーン」「海洋ゾーン」「環境・エネルギーゾーン」を中心に子供たちにも分かり易く展示されており大勢の親子ずれが楽しんでいた。この技術館には三菱重工の技術の高さを感じさせる展示が多かったが、今話題のMRJ(環境適応型高性能小型航空機)も展示されていた。しかし、MRJが未だ就航していないのは気掛かりである。また、館内にある売店でたこ焼きなどの宇宙食が売られており、孫のお土産に何人かが買っていた。その中に宇宙食「Space Ice Cream」を売っていたが果たしてこれは冷たいのだろうか?どんな味がするのだろうか?
 そこから小雨の降る中ランドマーク・プラザ、クイーンズ・スクエアをぶらぶら歩き、途中クイーンズ・スクエアで女性だけの写真を撮ったりして「ぷかりさん橋」に行き、「シーバス」に乗船した。レンガ倉庫を経て山下公園で下船するまで約20分の短い船旅を楽しんだ。
 山下公園の花壇の中をまたぶらぶら「朝陽門」から中華街に入った。しばらく歩くとお楽しみの「中華料理食べ放題」の店「中国飯店」に到着した。「食べ放題」に「北京ダック」「フカヒレ」は入っているかな、と話しながら歩いていたが、入り口に「フカヒレ専門店」と書いてあり 「フカヒレ」は大丈夫と分かった。個室に着席するとまず「食べ放題」の説明があった。1テーブル6皿限度で注文が出来き、各皿を食べ切らないと次の注文が出来ないというシステムで、杏仁豆腐・タピオカなどのデザートは別途と言うことであった。料理皿は120数種類あると聞いて期待は高まった。かくて2テーブルに分かれて「食べ放題」はスタートした。1テーブル10~11人なので1皿は一廻りするとあっという間に空になり、次から次に注文して直ぐにお腹は一杯になった。しかし、おいしいので注文は際限なく続いた。「北京ダック」は入っていないだろうと思っていたが、なんと入っていることが分かり注文した。しかし、再注文する人はいなかった。参加者の一人が今日の一番はこの「食べ放題」と話していたが、その通りであると皆が納得した。
 かくして2時間半ばかりの食事会は終了し、皆が満足して帰路についた。今回計画をした清水さんをはじめ幹事の皆さんありがとうございました。
                                      (芦川 洋記)



●140回 平成30年5月15日(火) 参加者19名
    「庭めぐり 六義園と旧古河庭園」

 去る、5月15日(火)、晴天のもと、季節外れの真夏を思わせる暑い日でした。
 午後2時、19名の仲間がJR「駒込駅」改札口に集まりました。すぐに「元気に百歳」の旗を掲げる井上さんの姿が見えてホッとしました。
 今日は、駒込地域にある二つの名園を散策します。
「六義園(りくぎえん)」
 五代将軍・綱吉の時代、1702年に柳沢吉保が造った広大な築山泉水の大名庭園です。別名「和歌の庭」と呼ばれるそうです。参加メンバーの中には9名の俳句サロン「道草」メンバーがいました。秀句が出来たかしら?
 一歩園内に入ると、外の俗世と全く違う深山幽谷の趣、まるで空気が変わります。
 池の手前に樹齢70年の「しだれ桜」の大木(15mx20m)がありました。沢山の熟したサクランボが実っていました。その近くで、記念撮影しました。「つつじ茶屋」「滝見茶屋」「33の石柱」「渡月橋」など趣のあるところを、元気な若者たち(?)は歩いて回りましたが、上田さんと数人の仲間(含む私)は途中の茶店で休憩。でも気持ちは全部回ったわ。
「旧古河邸と和洋庭園」
 「六義園」から踏切を渡って西に歩くこと20分。そこには、元明治の元勲・陸奥宗光の邸宅であり、大正時代になって
古河財閥の邸宅と和洋の庭が造られました。有名な「ばら園」には少し盛りを過ぎた、「プリンセス・ミチコ」「ゴールデンメダイヨン」「メリナ」等の多種類の大輪の薔薇が咲き誇っていました。本当は石造りの重厚な「旧古河邸」の中を見学したかったのですが、事前の予約と800円が必要なことが分かって、諦めました。「あとりえ一丁」の喜田さんと、井上さんは早速、スケッチブックを取り出してスケッチをしていました。
 昔、私が見学した時には予約もお金も必要なかったのに、時代が変わったのね。
「平塚神社」
 「旧古河庭園」の前の道を挟んで、「平塚神社」があります。平安後期に源義家、義光、義綱、三兄弟によって建立されました。私たち19名は、メンバーの健康とこれから「日だまり」が皆に愛されることを念じて、お祈りしました。
 終了後、アフターは「霜降橋交差点」近くの、中華料理「尚徳楼」で、わいわいがやがや賑やかに楽しみました。散会は6時40分ころ。
                                                 (喜田志津・記)



● 第139回 平成30年4月17日(火) 参加者 12名

 「草加煎餅 工場見学と手焼き体験」

 4月17日12時45分東武スカイツリーライン獨協大学駅に12名欠けることなく集合。
 バスで「越戸橋」下車、「草加煎餅丸草一福」店へ。水車やら昭和の農具が飾られた建物は、なんだか懐かしい風情。
・ 工場に案内される。
 まず原料のお米は玄米の状態から見せてもらう。そして精米機、製粉機、蒸練機、餅つき機、のし機、蒸気乾燥機、ホイロなどの機械による「蒸かし・つく・のす・焼く」のお煎餅のできるまでの工程を見学
・ スライドでちょっとお勉強
 工場見学を終えて一休み、出来立て焼きたてのかたやき煎餅を1枚。お茶までサービス。「あたたかい!」「お醤油が香ばしい」「出来立てを食べるのは初めて!」と大喜び。
 草加にお煎餅が生れ育ったのは、この辺りのお米が中質米(硬くも軟らかくもない)で草加煎餅に適しているから。このお店では、創業以来お米にこだわりをもって地元埼玉の一等米だけを玄米で仕入れ、生地を作る直前に精米しているとか。
 江戸時代コメの産地のこのあたりでは、米を粉にし、蒸して練ってつき、薄く延ばして塩をまぶして焼いたものをおやつや、仕事の合間に食べていたそうだ。
 日光街道の宿場町として栄えるようになると、農家のおやつだった塩せんべいは商品となり、その後野田あたりの醤油の製造と共にそれがつけられるようになった「塩せんべい」の名残である。
・ 手焼き体験                   
 いよいよお煎餅やき体験である。左手に軍手、右手に長いお箸を操り丸い生地をひっくりかえすこと30回くらい、膨らみ始めたら押し瓦でぐっと押す作業を繰り返す。真っ赤なコンロが熱い!一枚上着を脱いで「お煎餅焼けたかな」を頑張る。美味しそうな焼き色がついたらお醤油を一刷毛、完成。文字通りの「熱い達成感」。
恒例の二次会へ向かう途中の電車は、みんながお土産に買ったお煎餅の香りでいっぱい。
 今回も楽しい企画をしてくださったお世話役に乾杯!
 こうして元気に出かけられる足に、仲間に感謝の乾杯!
                              
                              高瀬ひろゑ記


● 第138回 平成30年3月20日(火) 参加者 16名

 「たばこと塩の博物館」と「郵政博物館の見学」

 今年は例年より早く3月17日に桜の開花宣言が出された東京であったが、今日20日は雨模様の冬に戻ったような寒い日でした。「元気に100歳」クラブ「日だまり」の面々は元気に定刻より早く、本所吾妻橋駅16名集合。
 駅から大横川の親水公園を歩いて、「塩とたばこの博物館」に到着。記念撮影の後、個々に展示場を見て回りました。  
 2Fでは「ちりめん細工の今昔」と称し、細かいしぼを持つやさしい絹織物「ちりめん」細工の数々は目を見張るものばかりで、「子どものお祝い着」をはじめ江戸文化を伝える香袋、よだれかけ、お守り袋、巾着、きりばめ細工、つまみ細工、迷子札・・・に心を和ませてくれる展示の数々でした。
 現在はちりめん細工が施された四季に添った作品、傘飾り、つるし飾りなど脈々と続いている技術伝承、愛好者の拡大が紹介されて、失くしたくないものでした。
3Fにはたばこに纏わる懐かしいキセル、パイプ、葉巻状のたばこ、又、世界各地の塩が展示され塩が生活の糧として深くかかわりを待ってきたことをうかがえる展示がしてありました。
 次はスカイツリーを見ながらソラマチ9Fにある郵政博物館に向かい、ここには歴史を感じさせる今は懐かしい赤いポストが迎えてくれ、実際にコインを入れて動かすことができる電気を必要としない自動販売機で貴重な体験に興奮、しゃれたデザインの重量感のある消印、昔の郵便局の内部の様子が見て取れ、なんといっても圧巻は様々な国の切手が国別、
年代別に収められていて、いくら時間があっても全部は見切れない多さに頭の下がる思いでした。
 図らずも昔の三公社五現業の一部を垣間見れる体験をしました。
「庄屋」での2次会の後、雨も上がり夜景にそびえるスカイツリーを写真に収め、押上で解散しました。

                河端悠紀子記









● 第137回  平成30年2月19日(月) 参加者 19名

  池上本門寺と池上梅園を散策

 春到来を思わせるようなポカポカ陽気に迎えられ今日はまことの「古寺訪梅」の散策でした。東急池上駅に集合、参加者は19名。ここにお住いの上田さんが先達役です。
 本門寺は日蓮聖人の入滅の地で、日蓮宗の七大本山の一つです。正面の石段を登る人と朗子会館内のエレベータを利用する人に分かれて、お山に登りました。区立会館の屋上からの眺めは絶景です。少々霞にかすんでいましたが。

本門寺の本堂は昭和204月の空襲により焼失し、同44年に鉄筋コンクリート建てで再建されました近代的な宗教建築物として評価が高いそうです。ご本尊の釈迦如来像にご挨拶して裏の道から梅園へ降りて行きました。まさに白梅紅梅と枝垂れ梅が艶を競っているようです。

梅ありて鳥影なく、人絶えて山門あり、」朗々と歌いたいものです。

古寺と訪梅の散策を終えて俗世界へと帰り来る。途中牡丹餅のお店「ごまのお店」で土産を買い込み、最大の楽しみが待つ二次会へ。場所は池上駅のすぐ隣の「目利きの銀次」です。

(追加)誰も知らない話を一つ。日蓮聖人は菩薩号を朝廷から正式に授与された僧侶です。鎌倉仏教の祖師たち、法然、親鸞、道元、栄西、一遍は誰ももらってはいません。不思議な話です。

                              黒田謙治


● 第136回 平成30年1月15日(月)参加者 16名
  
初詣 武蔵一宮 大宮氷川神社

* 昇殿参拝
大宮の氷川神社が初詣で全国10位に入ると知ったのは最近のこと。毎年の1月の「日だまり」は何時のころからか初詣になった。 お天気がよくて何より。毎年昇殿参拝をしているので、希望者だけ昇殿参拝をした。参加者16名、希望者8名 丁度半々に分かれる。会社関係の団体が2社くらい、赤ちゃんの祈願をする方2、3名、厄落としの方々と3時からの参拝者は5、60名ほど。広い講堂のようなところに椅子が並び、呼ばれた順に座る。巫女さんの太鼓の音で始まる。祝詞の中に「元気に百歳クラブ日だまり代表上田恭子」とあって、ちょっと誇らしい。終わって大きなお札とお守りをいただいた。3時20分終了。                  上田恭子記


* 大宮公園散策
「日だまり」恒例の「初詣 2018」は、大宮氷川神社だった。2400年以上の歴史を持ち、須佐之男命(すさのおのみこと)などを御祭神にしている有名な神社である。JR大宮駅からタクシーに分乗、着いたところに、明治天皇の「行幸絵巻」のレプリカが、どんと張り巡らされていた。今年は行幸から150年という。
全員揃ったところで、拝殿で手を合わせる。ここから昇殿参拝をする人と、散策組とに分かれる。私は散策組にした。
 神社の隣が「大宮公園」だ。東京ドームの15倍もある広い公園は、樹林が美しい。花の季節はさぞ見事だろうと思わせる桜の木は1200本もあるという。正岡子規、樋口一葉、森鴎外などたくさんの文人も愛したそうだ。
 園内は紅梅が咲き始めていた。未だ枯色の庭内に、紅色の花の色合いは、なにやら心躍る気持ちにさせられる。
無料の「小動物園」の看板を横目で見て、「児童遊園地」という方に誘われた。喜田さんの(だれが止めても乗るぞ!)という気迫に釣られて、飛行塔について行った。ちょっと浮き加減になってぐるぐる回る乗り物だ。「幼児は親子で乗ってください」と書いてあるので、当然親だけでも……いやじじ・ばばだけでもいいじゃないか……で、300円払って搭乗! 意外に速い。3分間くらい宙を舞っていただろうか。下方では幼児の乗るバッテリーカーが走っていた。いやあ、懐かしい。
 鈴木さんが池を一周している間、残りの女性軍は、石油ストーブ2個だけが暖房という「うらぶれた茶店」に入った。途端に眼鏡が真っ白になる。こんなことも何やら懐かしい。甘酒(300円)をいただいた。温か~くて、身体が柔らかくなった。
 一時間前に別れた昇殿参拝組と合流。さあ、二次会だ!     
                       森田多加子記

                        

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